私と深海魚と世界と

おいさんが思うこと、感じてきたこと、色々。

リビングの窓辺で願うこと。

引きこもり時代の話。

 

私は一歩も外へ出ない完全な引きこもりって訳ではなかった。

当時、さくらっていう名前のコーギーを飼っていまして。その散歩がてら外の空気を吸いに行くこともあった。ただ、人に会うのを極力避けたかったアンド万が一人に会ったとしても顔が見えにくいんじゃなかろうかって理由で散歩の時間は決まって夜だった。

さくらは散歩があまり好きじゃなかった。出てもすぐに家に帰りたがったため、散歩はいつも家の周りをくるっと回って帰る簡単なもの。私としてもそれで充分だったんで量としては丁度よかった。

 

ずっと家にいて何もしないのも居心地が悪いので、家の掃除を毎日していた。マツイ棒(懐かしい)を見よう見まねで自作して使ったりしていた。リビングを拭いて掃除機をかけて次はキッチン、洗面所、最後に自分の部屋っていうお決まりのコース。この世における自分の存在価値は掃除しかないと思っていたので、掃除は毎日欠かさずにやっていた。

 

掃除が終わったらやることが何もなくなるので、リビングの窓辺にチラシを置いてその上に座って外を見ていた。学校も行っていない、働いてもいない、何もない無価値な私は必要ない。だからみんな、私の存在を忘れてくれたらいい。この世界から消えることができたらいい。急に消えたら家族もびっくりするからひっそりと、誰にも気づかれないように消えることができたらなと心の中で強く願っていた。残念ながら、というか当たり前だけれど、いくら願っても私の体は消えずに毎日そこにあり続けた。

真夜中になると、一人取り残されている感が恐ろしくて。それは、みんなが寝ているのに自分だけ眠れず起きていることが恐ろしいというのもあるし、自分はこの世界の誰にも必要とされていないのだと改めて思い知らされているようで。誰か私を必要として欲しい。必要とされたい。自分は無価値ではないのだと言って欲しい。私を見つけて欲しい。昼間はあれだけ消えたいと願っていたのに何を言ってるんだと殴りたくなるけど。矛盾しているけど、そんなことを願っていた。

 

ある日、そんな私を見かねた母がこれならいいんじゃないのとラジオを勧めてくれた。

昼夜問わず(深夜だと放送が終わってしまう時もあるけど)誰かしらの声が聞こえてくるラジオを私はすぐに気に入り毎日聞いていた。そんな時にラジオさん(仮名)と出会った。

何の気なしに流していたラジオから女の人の声が聞こえてきた。鼻声で少しだるそうに喋る。関西弁。話す内容もかなり面白い。面白いんだけど所々自虐的、かつ自棄気味。よくよく聞いてみるとラジオさん(仮名)は歌手をしているそう。でも全く売れていないのだそう。自分の曲を流し、「これなー、コーラスいらん思うねんけど入れた方がいいっていうから自棄になって歌ってんねん、ほらめっちゃ自棄になってる感あるやろー。」と笑いながら自分の曲について話していたのを覚えている。次の日の朝起きてすぐ、昨日の分の新聞を引っ張り出しラジオさん(仮名)の番組をチェックした。

そこから毎週、私はラジオさん(仮名)の番組を心待ちにしていた。それが、火曜の深夜1時から2時まで。途中から放送時間が変わって12時から1時になった。録音されたものを流していたみたいで放送は1週間の時間差があった。ラジオさん(仮名)は毎回このラジオを聞いてる人がいるのかと心配(心配っていっても多分半分自棄気味の冗談、半分本気)していた。聞いてる人、おるねんけどなぁと思いながらもお便りを出すことなく毎回ただ放送を聞くだけで終わっていた。

ラジオさん(仮名)のラジオを聞き始めてから半年くらい経ったある日。私は意を決してお便りを出した。内容として、自分のこと。自分の今の状況、辛いこと、そしてラジオさん(仮名)のラジオを心待ちにしていること。自分の思っていることを全部書いた。今見たら顔を背けたくなるような内容。ペンネームはシャキラ(私としてはうちの犬のさくらをもじっただけのつもりだったけど、シャキーラって歌手の方がいらっしゃるんですね、それもあとから気づいた)。公共のものにのせてはいけないような内容で普通は弾かれると思うんですけど、ラジオさん(仮名)は読んでくれたんですよね。全文原文のまま。あんなに嬉しかったことはない。本当。どんだけ優しいんだ。こんなしょうもない自分でも受け入れてもらえたように思えた。

それから掃除以外に毎週ラジオさん(仮名)にお便りを送るのが習慣として加わった。

 

一回切ります。